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『軍事史学』第五十四巻第一号「一九四二年枢軸結合戦略の可能性-マダガスカルを巡って」について
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    私は、名目上ではあるが、軍事史学会の会員である。定期的に学会誌が自宅に来る。その内容の大部分は私には難しすぎるか、或いは私の興味をあまり惹かないかである。
    最近私の元に届いた『軍事史学』第五十四巻第一号の中に「一九四二年枢軸結合戦略の可能性-マダガスカルを巡って」(筆者:荒川憲一)という研究ノートが載っており、それが私の気を惹いたので、少し紹介したい。

    扱っている時代は太平洋戦争であるが、その中でもインド洋作戦とりわけ「実行されなかった日本軍のマダガスカル進駐」がメインテーマである。

    マダガスカル島はアフリカ大陸の東沖に浮かぶ島である。島とはいえ、日本国よりも明らかに広い。面積は日本国の1.6倍くらいらしい。

    太平洋戦争開始当時、この島はフランス領であった。そしてその時点でフランスはドイツの占領下に有り、その当時フランスを治めていたのは親ドイツのヴィシー政権であり、マダガスカル総督はヴィシー政権の支持を表明したので、間接的にせよマダガスカルはドイツ勢力下にあったようである。

    マダガスカルに枢軸国側の有力な海軍勢力が常駐してそこを基点として活発に活動すれば、インド洋におけるイギリスの交通路がかなり妨害を受けることになる。それが第二次世界大戦において枢軸国に有利な状況を生みだすことも夢では無い。

    しかし残念ながら、ドイツ海軍は潜水艦を除くとインド洋に有力な海軍力を展開させることができない。できるとすれば日本である。

    そして日本海軍がそれを実行できるチャンスはそれほど多くはなく、一九四二年前半がチャンスであった。

    しかし、日本はその時期にマダガスカル進駐について大きな関心を寄せること無くチャンスを逃し、一九四二年六月初頭のミッドウェー海戦敗北以降はインド洋に大規模艦隊を展開するどころでは無くなり、日本のマダガスカル進駐は夢のまた夢となった。(その後、一九四二年十一月にイギリス軍がマダガスカル島を占領した)

    軍事史の初心者である私からすれば、ビルマ(現ミャンマー)を獲得した段階で、セイロン島もインドもすっとばしてはるばるマダガスカルに日本海軍は進駐するというのは、どうにも現実味が薄い。しかし、「もし日本がマダガスカル進駐を実現できていれば」という仮定はとても興味深い。

    この研究ノートの内容は上記にとどまらず、「陸軍と海軍の考えの違い」「日本とヴィシー政府のすれ違い」「戦争構想」など、いろいろ教えられることが多かった。この戦争に興味のある方は、どこかの図書館で一読するのが良いと思う。

    JUGEMテーマ:日記・一般

    | igoshogi | 04:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - |



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